“ねえ、朝焼けと夕焼けを見分けるのってね、
専門家でも難しいんですって。”
そう言って少女は何か透き通った緑色の飲み物を
ガラスのコップに注いだ。
“ほら、飲んで。これで少しは良くなるわ。”
キジャは鉛のような身体にぐっと力を入れて
差し出されたコップに手をのばした。
不思議な緑の飲み物は、なまぬるく、それでいて清涼な香りがした。
あ、り、が、と、う。
そんな単純な言葉がどうしても上手く音にできない程
喉の奥が腫れ上がり、
わずかな空気を通すことも困難であることに
キジャはその時初めて気づいたのだった。
身体の不自由さを感じると共に
キジャが序所に鮮明になる現実にはっとして、
ぴたっと考え込んでしまったのに気がついた少女は
コップを支える手の上に、
がさがさの小さな手をそっと置き、
ゆっくりとその不思議な飲み物をキジャの口元に運んだ。
それをごくりと飲み込んだのを見ると、
少女は顔いっぱい、にっこりと笑みを浮かべ、
“これですっかり良くなるわ。
ねえ今夜、星の山に行きましょう。
昼間は山いっぱいに咲いている桃の花が、
夜にはてんとう虫のように光るのよ。
父さんがいつも言ってたわ。
必ず一年に一度、
星の花畑が一面に広がるの新月の夜があるって。
昨日ね、夢で見たの。
今夜がきっとその夜よ。”
その見たこともないはずの少女の透明な声と
どこか遠くをぼうっと見ながらつぶやくような語り方は
なぜか妙に懐かしく、
何年も前の春の記憶をゆさぶるようだった。
“大丈夫、夜には歩けるようになるわ。
心配しないで。
私知ってるの。
もう何人もここに来たんだもの。”
そう言って少女はそっと窓の外に目をやり
何かをつぶやいたように、唇を少し動かした。
そして、きょとんと彼女の顔を見つめるキジャの方を向いては
ふっと笑い、
“ほら、少し呼吸が楽になったでしょう。”
と嬉しそうに言っては、
テーブルの上にどんと置かれた
鍋のなかの緑色の飲み物を
またくるくる回し始めたのだった。
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風のない惑星のもうひときれの物語